京都府認知症グループホーム協議会 > タッチ・ザ・ハート通信

 

タッチ・ザ・ハート通信

Vol.21号 2017.03

昼 夜 逆 転

3月も下旬となり、やっと春めいて参りました。日中の陽射しにも温もりを感じるようになり、非常に過ごし易くなりました。特に今年の冬は、寒さが長かったせいもあり、皆さんもこの「春の温もり」を待ちわびていたのではないでしょうか。

さて、ポカポカと春の温かい陽射しを多く受けるようになると、昼間はだれでもウトウトと眠くなるのが一般的です。ただし、余りに昼寝の時間を多く取りすぎると、夜になかなか眠れないという事にもなってしまいます。
「夜に眠れない」ということは、利用者さんにとっても、ケアを提供する事業所の皆様スタッフにとっても非常に大変です。
皆さんの事業所では如何でしょうか?

今回は、「昼夜逆転」について考えてみたいと思います。

昼 夜 逆 転 昼 夜 逆 転 昼 夜 逆 転

 

Vol.20号 2017.02

炊 事

今年も既に立春が過ぎ、いま少しで周りの木々や花たちが芽吹き始める季節となりました。うっかりしておりまして、先月は2017年度の新年号通信の送付を忘れ、ひと月遅れの通信となってしまいました。

多くの介護施設利用者にとり、日常生活のなかで、食事時間は楽しみのひとつであり、待ちどうしく、そして、嬉しいひとときであると思います。
特養や老健といった大型施設とは違い、グループホーム等の小さな施設では、献立を決めたり、食材の買い出し、そして、炊事に関しても生活リナビリテーションの一環として、スタッフが利用者と協働で行っている事業所も多いと思います。
但し、炊事が好きな人には何ら問題が無いにしても、あまり好きで名はない人にはどうでしょう?

今回は、炊事に関し考えてみたいと思います。

炊 事 炊 事 炊 事

 

Vol.19号 2016.12

居間やリビングでの過ごし方

先月は散歩(外出)に関し皆様と一緒に考えてみました。 早いもので、今月もう師走に入ってからは、曇りの日や雨の日が多くなり、春先までは、なかなか散歩もしづらい季節なのかも知れません。
一般的に、グループホームの居間やリビングは、一般家庭と違いやや広々としています。これからの季節は、居間やリビングでの過ごしかたは、利用者にとりまして大変に重要になってくると思います。  居間やリビングは、利用者の昔の思い出を引き出したり、一緒にテレビを見たり、音楽を聴いたり、様々なケアが生まれる「場」であると思います。

今回は、外出ではなく、居間やリビングでの日頃の過ごしかたについて考えてみたいと思います。

居間やリビングでの過ごし方 居間やリビングでの過ごし方 居間やリビングでの過ごし方

 

Vol.18号 2016.11

散 歩(外出)

朝晩の冷え込みが厳しい季節となりました。そろそろ山間部では雪の便りも聞こえる季節です。今年の京都の紅葉は昨年と比べ、木々の色づきが良いと言われています。 この時期、多くの事業所では、「春のお花見」といっしょで、「秋の紅葉見物」にも、散歩や行事として外出される機会が多いと思います。
色鮮やかな紅葉は、きっと利用者の皆様の心を癒してくれると思います。ライトアップも盛んですが、やはりお日様に照らされた自然の色が良いですね。

 今回は、大がかりな行事としての外出ではなく、日頃の“お散歩”について考えてみたいと思います。

車椅子での利用者も増え、散歩に出かける機会が減ってきているかと思います。季節感を感じたり、地域とのかかわりを楽しむためにも、時間がとれれば、利用者と散歩されてみてはいかがでしょうか。

散 歩(外出) 散 歩(外出) 散 歩(外出)

 

Vol.17号 2016.10

帰宅願望

ここ数年、京都市内や京都府下では急ピッチにグループホームの施設整備が進み、新しく入所される認知症高齢者の数も増えています。 一般的に、事業の規模が増え大きくなると、増えた分だけ様々なリスクも増えるようになると言われます。

今回は、新しく入所される利用者が増えることによるひとつのリスクである、利用者の「帰宅願望」(離設)に関し、考えてみたいと思います。

.... 皆様の事業所でも様々な取り組みがなされていると思いますが、今回のケースは、比較的にグループホームに携わる経験の少ないスタッフには参考になると思います。
皆様の事業所でも参考になる取り組みがございましたら、ぜひ ご一報いただきたいと思います。

帰宅願望 帰宅願望 帰宅願望

 

Vol.16号 2016.09

化粧

 「化粧療法」なる言葉が流行り、「療法」としてのオシャレや化粧が話題になっています。 専門家によりますと、“化粧をする”ということは、その動作によりADL(日常生活動作)を維持向上することが出来、かつ、化粧をして少しでも綺麗になった自分を見ると、快感を覚えると言われます。
さて、皆様の事業所では、利用者と一緒にお買い物に行ったり、外出の際、利用者はお化粧をされていますか? 化粧は、美しくなるためにする以外に、楽しく外出するためのひとつの手段(準備)として位置付けることも出来ると言われています。 今回のケース(よいケア、悪いケア)はその点を良く表していると思います。
気候の良い季節になりました。化粧をして外出の楽しみを増やしてあげればと思います。

化粧 化粧 化粧

 

Vol.15号 2016.08

嫉妬妄想

 財布が盗まれた等の「もの盗られ妄想」は女性に多く、相手が浮気している等の「嫉妬妄想」は男性に多く見られる。室伏氏は「物盗られ妄想」は「信―不信」の世界で、「嫉妬妄想」は「所有―喪失」の軸を揺れ動いている状態であると説いている。妄想の主張の基本にあるものは、認知症によって、馴染みの風景・場・関係・自己、社会での役割・地位・労働価値等の安住の拠り所や安定した役割を失い困惑している状態にあると理解する。自らの体験からも、そのような状態にある人が、対抗“妄想”相手として、日常生活の上で一番頼りにしている人(両価感情を抱く介護者や配偶者)に向けることは納得できる。また、激しい態度で向かってくる人に対して、対抗的になったり、からかったりすると、マイナス感情はさらにエスカレートすることも解る。強い喪失体験から「妄想」状態にある人を認知症と結びつけ、安易に“抗不安薬”で沈静させると薬の副作用でかえって状態を悪くすることがある。まず、本人の行動・言動・背景を丁寧に探り、「妄想」の要因が過去や現在の生活環境にないかどうかを極め、言葉を与え、手を与え、人を与えることであろう。不安感や寂しさへの特効薬は、訴えの中から大丈夫なものを言葉に添え、相手の手に触れ、気の合った仲間と常時過ごせるように図ることであると考える。    

嫉妬妄想 嫉妬妄想 嫉妬妄想

 

Vol.14号 2016.07

物盗られ妄想

認知症の人の不可解な行動を理解し上手く対処するのに、人の行動を通して個人を理解する「行動分析学」の原理を応用する考え方(理論や仮設)がある(アメリカ心理学者スキナ―)。「行動分析学」では、個人の行動を「確立操作➡先行条件(A)➡行動(B)➡結果(C)➡」という一連の流れで示し「ABC分析」で解き明かす。尚「行動分析学」が扱う「心」は「頭の働き」を指す為、認知症の人には脳の器質性変化に当る「確立操作」にアプローチすることは出来ないが、その人の行動の原因に現状の環境要因を最重視し、「ABC」それぞれにアプローチすれば不可解な行動を解き明かすことが容易と考える。認知症になっても「意識されない記憶」や「言葉以外の行動等を伴う記憶」等は、ある程度まで保持されている為、「馴染みの環境」や「説得より納得」をケアの基本に据えたアプローチは、不可解な行動の出現を強めたり弱めたりする。「(A);財布が無いことに気づく➡;(B)通帳が盗まれたと訴える➡(C);訴えを認めてもらえる」 「(A)訴えに否定的な対応をする➡(B)泥棒呼ばわりをする➡(C)否定的な対応をしなくなる」 頻繁に変化する心理・行動には「マニュアル」的な対応より「環境」が思わぬ効果をもたらす。是非、当方に不可解な行動の対応「事例」を封書でお寄せ下さい。タッチザハートの読者の皆様にご紹介する方法を思案中です。尚、当法人HPに「出前研修」「出前相談」を掲載しています。    

物盗られ妄想 物盗られ妄想 物盗られ妄想

 

Vol.13号 2016.06

介護拒否

社会学者の天田城介氏は、他者に働きかける存在としての「認知症高齢者」と題し、【「認知症高齢者」には介護を“快く”受動的に受け入れる者もいるにはいるが、介護に非協力的な態度や抵抗をしたりして介護提供者を困惑させることも多い。「認知症高齢者」は単にケアの受け手としてのみ応じているのではなく、“積極的” に他者に働きかける存在なのである。だから、厄介であるし、だから、しんどいのである】と説いている。ある女性の激しい「入浴拒否」は、被服を脱がす段階から“何するのよ!”で始まる。それは、可愛いわが子を背に負う若き母親の命がけの闘いであった。また、ある男性の頑固な入浴拒否は、浴室の全面改装、浴槽が使い慣れた古びた木製からモダンなぶどう色の陶器に変わった時に始まった。それは、環境の大きな変化に対する恐怖からだった。「非協力的な態度」や激しい「抵抗」に対して、説得や力で相手の内的現実を修正することはできない。相手の意に沿う姿勢を示さず教え諭そうとすればするほど、相手は自分を全面的に否定されたと感じ抵抗を強める。「介護拒否」には、相手は単にケアの受け手としてのみ応じているのではなく、“積極的”に私たちに働きかける存在であると心して関わると知恵が出てくる。女性Aさんには浴室の更衣場にベビーベットを置くことで、男性Bさんには浴室に簀の子(すのこ)や桶などの馴染みのものを置くことで落ち着いた。「介護拒否」に似て、私たちも相手の意に反して、非協力的な態度や抵抗を示すことがある。また、相手から受けることがある。個別に対応せざるを得ない厄介でしんどい「介護拒否」から学ぶことが沢山ある。   

介護拒否 介護拒否 介護拒否

 

Vol.12号 2016.05

生活型リハビリテーション

高齢者介護の施設や事業所の多くは「本人が持つ力の活用・本人主体の暮らし・生活の継続性」を目標に、多種多様な○○療法(セラピー)に取り組んでいる。そんなある日、GHの居間で聴いたAさんBさんと介護職員の話。

「退屈やなぁ-」
「モウスグ○○療法がハジマリマスヨ」
「いや、もうええわぁ」
「ドウシテ?」
「・・・何か他にないかなぁ-」
真実は“眼聴耳視”で解ると言われている。AさんBさんの口調や表情からも退屈であることが解る。AさんBさんの訴えにも近い話はさらにつづく。
「退屈やなぁ-」
「こんなことをしていられへんわ」
「ジャア、ナニガシタイデスカ?」
「?・・」
彼女彼等は決して無気力な人ではない。“気力が体裁をつくるのではなく、体裁が気力をつくる”と誰かが言った。そのとおりだなと思う。炊事に明け暮れた人は、エプロン姿になると台所に立たれる。畑や庭いじりをしてきた人は、野良着姿になると釜や鍬を上手に使い農作業をされる。いずれも手慣れた手つきで仕草が美しい。【人生の質】の人生とは何だろう。最近、納得できる一言に出会えた。【今日という日は残された日々の最後の一日】介護の施設や事業所は、高齢者の世話をしながら【共に生きている】とはどうゆうことかを感じ合い、身を持って実感できる場であると思う。

出野平恵

生活型リハビリテーション 生活型リハビリテーション 生活型リハビリテーション

 

号外 2016.05

京都新聞・「福祉のページ」より・・・

拝啓 新緑の候、貴事業所におかれましては益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。日頃は、当協会に何かとご協力いただきありがとうございます。

さて、新年度を迎えまして、皆様の事業所にも多くの新しい職員さんが入社され、基礎研修を終了後、グループホームの介護現場で活躍されていることと思います。

昨年10月、京都新聞朝刊「福祉のページ」に、当協議会理事長のグループホームに関する記事が掲載されました。グループホームのあり方がわかり易く説明されていますので、新入職員さんや、グループホームの職場が初めての職員さん達にお配りし、参考資料としてご活用いただけたらと思います。

今後も「タッチ・ザ・ハート通信」は定期的にお送りしますので、宜しくお願い致します。 敬具

京都新聞掲載

 

Vol.11号 2016.04

意欲の低下 (自発性の低下)

外出しなくなった、趣味を楽しまなくなった、本や新聞を読まなくなった等の「意欲の低下」は、周囲の人には「いつもぼんやりしている」「何もやる気がない」と映ります。アルツハイマー型認知症の初期に最も頻繁に見られる症状で、脳の前頭前皮質が司る作動記憶(ワーキング・メモリー)の機能低下により、感覚器官から入った外界の情報を過去の記憶と照らし合わせたり、その情報をふるい分けたりする等の情報処理が上手くできなくなるからだと言われています。そこで、「意欲の低下」に対して、上手く取り組めないことを何度も経験すると、その度に出来ない自分を認識し、自分の存在感や自尊心をも失います。

その結果、作動記憶の機能や認知機能はますます衰えていきます。そのまま放っておくのも結果は同じです。音楽・家庭菜園・散歩等のような、作動機能をあまり使わなくても「感動」「驚き」を味わうことが出来るものや、「昔取った杵柄」の中でも楽しめることには自発的に取り組んで頂けると思います。

"万事を大真面目に受け止めずに、ただ感覚だけを現実に「確かなもの」と捉える。生命を精一杯生きることに専念し、満たされた気持ちの中に安らぎを見出せるように、「感動」「驚き」といった自分に秘められている能力をせめて無駄遣いしないように心掛けたいものです。 人生で大切なことは雨が教えてくれた  ドミニック・ローホ 原秋子訳"  

意欲の低下 (自発性の低下) 意欲の低下 (自発性の低下) 意欲の低下 (自発性の低下)

 

Vol.10号 2016.03

「施設内での行事や催し」

「生」と言う字は「芽のはえ出たさま+土」、「枯」と言う字は「木+古」なのだそうです。3月の山では、からからに乾いた枯れ木に沢山の冬芽がついています。また、地面では、あたたかい日の光や地のぬくもりで、湿った枯れ葉の衣を破って草が萌えはじめています。「1月いぬ・2月逃げる・3月去る」のことわざがありますが、施設も1月~3月は行事や催し(お正月・節分・お雛祭り等々)の目白押しで何かとお忙しい季節であったかと思います。季節行事や催しは、衰えた機能に適応した暮らし方をしているお年寄りの方にとっては、過去に体得された記憶から役割や出番が多くあり、楽しかった出来事(個人史)の自発的な回想につながり、「五感/感覚」が活用できる良い機会となります。季節行事や催しの取組みを通じて、お年寄りの方の「自律/自分で決めたことを自分の思う様にできる」といった自己効力感を強め、「今日・今を生きる」を支えることが出来れば、私たちにとっても、季節行事や催しが味わい深いものとなるでしょう。

施設内での行事や催し 施設内での行事や催し 施設内での行事や催し

 

Vol.9号 2016.02

「暴力」

 “If you're going to lead, lead”
=「もしあなたがリーダーなら、リードせよ」
”“So what? Now what? What are we going to do about it?” 
=「それが何? で、どうする?」
“If nobody told you they loved you today, you remember I do, and I always will.”
=「誰からも愛されていないと言ったわね。私はいつもあなたを愛していることを思い出して」

NHK「スーパープレゼンテーション」(2/10放送)でのリンダ・クライアット・ウェイマンのプレゼンテーションのキーワードである。彼女はアメリカ全土から注目を集めている特別支援教育専門の教師であり、貧困と暴力につぶされた生徒達の心を短期間で変え、成績を急上昇させた高校の校長である。「高校生」と「認知症を持つ人」が違うわけがない。同じ人間である。人間誰も苦しみが存在し、苦しみには原因がある。
- 私は全ての問題にこう問いかける。「だから何? で、どうする?」- 
彼女の説かれた言葉を語り伝えたい。

出野

暴力 暴力 暴力

 

Vol.8号 2016.01

コミュニケーション

 私たちはあれこれ一人で思い悩み、答えがどうしても出ないとき、その思い(愁い煩い)を少しでもだれか身近な人に解ってほしいと思う。じっくりと聴いてくれて、「うんうん」とうなずき、「そうね」と相づちを打ってもらいたいと願う。「共感」とか「同情」と言ったサポートである。しかし、私たちが心底から誰かに解って欲しいと願う時とは、鬱の時であり自分でも何を訴えたいのかよくわからない時であろう。そのような場合は、直接かかわらないで、ただじっと見守っている、何もしないで横にいるといった何もしないという行為が何よりも嬉しい。いつも誰かに関心をもたれている、見守られているといった感覚、理解してもらわなくとも、聴いてもらえたといった感覚、私の思い(愁い煩い)が「理解してもらえた」ではなく、「納得してもらえた」というあの感覚である。認知症ケアの現場で、相手の心は解らないが、その場その場でその人の憂いや心配事を引き受ける時に味わう感覚である。生きていくということは外界と交わる、外界から関心を持たれるということであり、私たちが外界を見ようとしなくなり、関わらなくなり、考えなくなるということは、生きていくことを危うくさせる。

阪神大震災から早いもので21年が経過した。【1・17】も年々歳を重ねている。震災に遭遇された人々の苦難・体験に心を向け、関わり、学ぶことを忘れてはいけない。(黙祷)

コミュニケーション コミュニケーション コミュニケーション

 

Vol.7号 2015.12

夜間せん妄

冬場は原因がいっぱい!せん妄  

一見、認知症の症状が悪化したかのように見える“せん妄”状態。原因に感染症・発熱・脱水症・薬の副作用等があげられる。インフルエンザやノロウィルス、肺炎等の感染症が流行する冬は、抗ウィルス薬や抗生物質を服用する機会が多い。インフルエンザ治療薬による薬剤性せん妄は有名である。また、鼻炎薬・咳止め薬も原因となることがある。風邪に処方された薬を服用後、数時間~数日の間にせん妄に気付いたら、まず薬の影響を疑おう。さらに、冬場、高齢者は水分をひかえる傾向があり、部屋の乾燥や発熱による脱水症で血圧低下、血中ミネラルの異常からせん妄を起こすことがある。また、高血圧や心臓疾患で服用している利尿剤は尿量を増やし体液量を減らすことが目的なので、効きすぎると脱水を起こす。せん妄は、早期に原因を取り除けば回復するが、放置すると命にかかわることもある。せん妄状態であることに早く気づき、原因を探ることが重要である。

夜間せん妄 夜間せん妄 夜間せん妄

 

Vol.6号 2015.11

身だしなみ

  「人はみな、自分の人生を生きている」は、詩人寺山修二さんのことば。「美しいものに囲まれていれば、人は自然に美しくなれる」は、美和明宏さんのことば。私が着ている服は、他でもない私自身が選んだ服。髪型だってそう。 身だしなみは、社会を意識した人間の基本行為の一つである。生きていく為に必要なエネルギーを生み出してくれる。丁寧な言葉遣い、美しい音楽や絵画等に囲まれた暮らしは、私を自然に美しくしてくれる。歳を重ねると多くの事をあきらめねばならない。手足の自由が奪われ、記憶力や思い出も薄れる。親しい友人との別れも多くなり、昔ながらの装いを保ち続けることが難しくなる。そんな現実を前に、生活の隅々に“美”の意識を張りめぐらせる努力は大事である。おしゃれ心が身だしなみのレベルを決める。施設で見かけるお年寄りの髪型(ショ-トカット)、入れ歯の扱い、ナイロン前掛け、職員の制服…など、皆一様であり、観点を変えると決して美しいとは言えない。いくつになってもおしゃれや身だしなみは失いたくない。60には60の青春、80には80の青春がある。

認知症のある人とその周辺の人たちが、皆、美しいものに囲まれ、エレガンスでロマンチックな気分となります様に。

身だしなみ 身だしなみ 身だしなみ

 

Vol.5号 2015.10

モーニングケア

 今日は雲ひとつ無い晴天。「気持ち良いめざめ」の後に排泄、モーニングケア(洗面・歯磨き)。朝食後に再び歯磨き・排泄をすませ、からだとこころを「すっきり」させて家を出た。午前5時に起き、わが家を出るまでのいつもの私のセルフケア(動作)である。  朝は規則正しい生活の一歩であり、一日の内で一番くつろげる時間である。

今日の外出はいつもと違う特別な日。9時過ぎから西京極陸上競技場で「京都市小学生陸上競技持久走記録会」100m走に孫が出場し、観覧席から声援を送った。成績は17秒8であった。彼はやり切った満足感「心地よい感じ」を私に笑顔で届けた。私も「良かったね!頑張ったね!」と笑顔で返した。 自分の存在感や現実感が心もとない人には、とりわけ、朝が規則正しいその日の一歩であるようにしたい。お年寄りのバイタル、起き上がり・立ち上がり・歩く等の状態、前夜服用の薬の副作用、覚醒レベル等の状態を知ることから始め、朝の一連の動作(起き上がり、立ち上がり、トイレで排泄、モーニングケア、食事等)に、ひとり一人の「今・ここ」を大切に付き合う。お年寄り自らが主体的に一つ一つの動作に向かうことを支える。

他者との協調、他者に対する信頼感が育まれ、認知する世界のズレによるストレスを縮めることが出来る。何よりも動作一つひとつの達成感が“生き抜く”力となる。それらは、孫と私がともに味わった満足感「心地よい感じ」であり、双方向に働く。

 

<お誘いです・・・・・・>  

添付11月21日(土)の研修会案内は、去る10月8日に“みやこめっせ” で開催した「全国フォーラムin京都」に次いで、京都府認知症グループホーム協議会が独自で開催する恒例の研修会です。講師は、厚労省老健局・介護保険指導室長を歴任され、現在、当協議会顧問であり、一般社団シルバーサービス振興会常任理事としてご活躍の中井孝之氏です。最近の好ましくない介護事情を察して、介護保険そのものの存続が危ぶまれています。この研修で、最新の認知症施策と介護保険制度の動向を知り、認知症ケアの最先端に居る私たち自らが、新たな気持ちで仲間とともに考える機会となることを望んでいます。事業主の皆様へもお伝え下さいます様併せてお願い致します。

モーニングケア モーニングケア モーニングケア

 

Vol.4号 2015.9

睡眠

「眠って欲しいのに眠ってくれない」「昼夜逆転が治らない」は介護者の悩みの種。良い対処法は不眠の正体を探り試行錯誤するしかない。毎晩の事であり、私たち自身も上手く調整するのは難しい。不眠に悩む高齢者に21時の定時消灯は辛いことであろう。若者と違って高齢者には「早寝」より「遅寝」をお勧めする。人間が眠るのは、高次脳機能を司る大脳皮質に休息をもたらす為であり、「脳の疲れ」が大切とのこと。脳の働きが脆弱な人には、過度な音や光等の刺激や過緊張は避けたい。

他方で五感を働かせた日中の活動は覚醒度を上げ、大脳皮質の高次脳機能を活発にさせる。脳の休息が要求され、不眠への対応策となる。外気との関係もある。昼間の冷房は自然の理に反する為、良眠を妨げる。眠る前は暖かい環境にあるのが良く、暖かい飲み物、足浴、介護者の穏やかな声や表情は効果がある。「レム睡眠行動障害」等は、専門医の診断を仰ぐ一方で、睡眠薬が症状を悪化させることを認識することが大切である。

脳は身体の一部であり、様々な物理的な刺激が脳機能に影響を与えている。ナイチンゲールの「看護覚え書」が参考になる。

睡眠 睡眠 睡眠

 

Vol.3号 2015.8

排泄

前号のからだに入れる“食事”の話につづき、からだから出る大小の排泄物“排泄”の話をします。

“排泄”は“食事”と同じく大切な生物の営みであり、生命維持に欠かせません。排泄が自分一人の力(意思)で叶わない時には、赤ちゃんもお年寄りも関係なく、他者からの働きかけ(ケア)が必要となります。特に認知症のある人の排泄ケアに際しては、失敗の原因を全て“認知症”のせいにしないことです。原因は複雑で病状の進行によっても変化していきます。排泄ケアは失禁という障害の要因を的確に捉えた上で、本人に気づかれない様に先手を打つことが最も適しているでしょう。ナイチンゲールは著書「看護覚え書」で、看護とは生活過程「暮らしの営み」を通して生命体に働きかけることであり、看護実践は「観察」に始まり「観察」に終わると説いています。介護も同じです。豊かな常識と人の“生きる”に対する関心があれば「観察」により的確な排泄ケアが出来るでしょう。私達は排泄を「健康のバロメーター」として理解しています。

健康で「当たり前の生活」に近づける最大のポイントは、排泄行為を出来るだけトイレで座って行うこと、「観察」によってそのタイミングを逃さないことと言えるでしょう。 さて、今回は排泄に関し、「よいケア」と「悪いケア」の紹介を致します。

排泄 排泄

 

Vol.2号 2015.7

食事

私たちは、炭水化物や脂質・蛋白質・ビタミン・ミネラル等の栄養素を含む“食べ物”を毎日繰り返し“食べること”で身体を作り生命を支えています。また、食前食後に「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせ、“食べ物”を私たちの命に大切なものとして感謝しています。人は長い歴史の中で、自然の中にあるものをそのままではなく、焼く・煮る・蒸す・揚げる・発酵させる等に加工することで“食べ物”の味や栄養等の価値を高めて来ています。また、人間は誰もが無力のままで生まれ、乳を最初の“食べ物”としてもらい、生後4か月頃から始まる“離乳食”、幼少年期から青年期までの保護者が与えられる“食べ物”のみを食べ続けます。その人の味の好みに大きく影響を与えている“おふくろの味”はその間に刷り込まれたものとのことです。

認知症のある人に対して、“食べること”は、臭覚・運動感覚・触覚・視覚・聴覚・味覚の五感を刺激し、加齢と障害によって落ち入り易い感覚遮断を補うことに役立っています。他にも、食事環境の理解を改善し、やりなれた機能的な動作を促します。覚醒レベルを上げ、社会的に適切でその場にあった言葉のやりとりを可能にし、見当識の再確認の為の情報を与えることが出来ます。楽しい感覚を経験し、感情表現とコミュニケーションの機会を生み、自己尊厳を高めます。また、脳には「言葉に拠らないノンバーバルなコミュニケーションを実現するしくみ」があると言われ、美味しい・楽しい・懐かしい等をその場を共にする人たちと共有すれば、“食べること”には、個食・孤食・コ食(テレビを見ながら)では得られない幸福感を得ることが出来るでしょう。

認知症対応型生活介護「グループホーム」では、朝・昼・夕・間の“食べること”に多くの時間を割いています。朝刊の折り込みチラシから献立をし、食材を求めてスーパーに出かけ、調理・盛り付け、後片付けまでを、職員等といっしょに・ゆっくり・たのしく行います。女性の方にとっては、“食べること”の一連の作業は、長年にわたり行い続けてきたことであり、断片的ではありますが、手慣れた馴染みのこととして職員に教えている姿が見受けられます。

さて、今回は食事に関し、「よいケア」と「悪いケア」の紹介を致します。

食事 食事 食事

 

Vol.1号 2015.6

創刊 理事長からのご挨拶

例年であれば過ごしやすい春の季節が、今年は、暑くなったり、冷え込んだりで、ほのぼのとした春らしい天候は少なかった様に感じます。皆様は如何でしたでしょうか。そしてこの通信(『タッチ・ザ・ハート通信』Vol. 1号)が皆様方の所に届くころは、既に日本列島梅雨の真っただ中の頃と存じます。

さて、日頃は、多方面に亘り当協議会にご指導ご協力を賜りまして誠に有難うございます。お陰様で当協議会は2005年に法人格を得、今年で10年目を迎えました。これもひとえに会員の皆様方をはじめ、同じ事業をなされておられます事業所様のご尽力のお陰であると深謝致しております。

つきましては、法人化10年目を迎えた節目といたしまして、今後、当協議会から皆様方に、認知症ケアを中心とした様々な情報をFAXでご提供させていただくことに致しました。 今回の介護報酬改定を受けて、多くの事業所様はその対応に苦慮されておられることと存じます。協議会がこの通信を介して事業所様の事業の質の向上に少しでもお役立ちできれば幸いと存じます。

今日、認知症ケアという言葉は広く社会に浸透してきています。この「ケア」という言葉及びコンセプトを、私は人と人との間の関係のあり方という意味に理解しています。これから、この『タッチ・ザ・ハート通信』でご紹介する内容の中には、2000年12月に仲間と共同で著作したものもあり、今の介護現場では極々当たり前のこととして捉えられ実践されているものばかりです。しかし、この当たり前のこと、ふつうのことが実際には難しい現状にあることに憂いを示す人達がいます。私もそのひとりです。何が、このあたりまえのこと、ふつうのことを難しくしているのでしょう。それは日々提供されている「ケア」が、本質は【相互補完性】であるという命題に至らず、制度の進化とともに、専門的(専門家)による枠組みの強化、関係がケアをする人とされる人になっているからでないでしょうか。「認知症ケア」を決定づけるものは、“私は認知症になったけれども、あなたと同じ人間ですよ”という認知症の状態にある人の声なき声を同じ人間として受け止める【感性】であると思います。人生は人との出会い・本との出会い・場所との出会い・物と出会い等、実に様々な出会いがあります。認知症ケアの現場には「感性こそ生きる命の本質である」ことを実感できる人との出会いがあると確信しています。

理事長 出野 平恵

京都府認知症グループホーム協議会